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Kimi Yamoto, author
本論文の目的は、筆者が作成した子ども向けフィリピン語教材開発の方法論を考察することと、本教材を教材評価の手法によって評価することである。日本の初等中等教育段階の学校ではフィリピンにルーツを持つ子どもが多く学んでいる。フィリピンやフィリピン語について学習する機会を設ける学校もあり、学校や地域で使用できる子ども向け教材が必要とされている。しかし日本国内で利用できるフィリピン語教材は大人向けに作成されており、子ども向け教材の開発は進んでいない。筆者は総合的な学習の時間に使用する目的で、初学者や初級段階の学習者を対象とした子ども向け教材を作成した。教材では、日常生活において身近な人々と基本的なやり取りができるようにするという言語習得面での目標と、言語学習を通して学習者自身やその周囲を見つめ直すという文化理解の両方に重点を置いた。作成した子ども向け教材を実際の授業で使用し、大学生の小集団1つと高校生の小集団2つについてプロトタイプの形成的評価方法による評価を試みた。観察による評価と経過時間の評価では、習慣等と関わりの深い内容が提示されると学習者からの発言が増えること、日常表現の一部は後半の課まで提出されないこと、学習者にとって馴染みの薄い文法事項や語彙の学習では予想時間を超えること等が明らかになった。質問紙調査では、良かった、分かりやすかったという意見が2/3 強を占め、その理由は絵が併記されていること、単語がまとめられていること、表や例文が分かりやすいことであった。一方、日本語訳が併記されていないこと、モノクロ印刷であること、量が多く要点が分かりにくいことが改善点として挙げられた。学習効果を評価する事後テストでは、標識辞や基本文型を理解できているか、身近な場面で日常的によく使われる質問に答えられるかを筆記テストと授業中の口頭での応答によって調べ、どの小集団も50~60%台の得点率であった。今後は学習項目の提出順や語彙と文法事項の精査といった、教材の構造と内容を再考することが必要である。学習効果についても、事後テストの妥当性の再考と、文化理解についての学習効果の評価が必要である。...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Behnam Jahedzadeh, author
ペルシア語は紀元前の古代ペルシア語から今日に至るまで楔形文字、パフラヴィー文字、それからアラビア文字といった様々な文字を用いてきた。現在のペルシア語文字は32文字から成っており、うち28 文字はアラビア語に由来し、4文字がペルシア語で独自に作られたものである。語の視覚的な形(表記法)が、これらの文字の組み合わせによって決定される。いずれの語をいずれの文字で書くか、伝統、慣例等の基準によってある程度は決まっており、読み書きの際、単語の「形」を理解することは極めて重要となる。しかし、一部の語の表記法は事実として多様化している。伝統、慣例等に基づき自立語の形成に関しては一定の規則性がある。一方で接辞や前置詞等を自立語と一体で書くか分けるか、あるいはいずれの複合語を一体化させ、また分書するか、といった問題には個人の好み等の要因による偏りが存在する。かかる要因が現代ペルシア語の表記法に統一性を失する結果をもたらしている。表記法の乱れに対処することを目的とするファルハンゲスターネ・ザバーネ・ファールスィー(ペルシア語アカデミー)の規則化の努力にかかわらず、教科書、マスコミ、SNS等において依然として表記法の異同が散見する。本論文では、イランの学校教科書、新聞、雑誌、SNS、あるいは表記法に関する書籍刊行物等を題材に、表記法の主な相違点を取り上げる。マスコミ、SNS、教材や書籍などにおいて、一層のデジタル化が顕著な社会状況を踏まえ、ペルシア語研究、また非ペルシア語母語話者へのペルシア語教育などの観点も含めて表記法のスタンダードを明確化することは、今後取り組むべききわめて重要な課題であると論者は考える...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Marina Shchepetunina, author
現代ロシア語の言語文化的な世界観に含まれるロシア文化の特徴には、異なる時代に生成された概念があると考える。本稿は言語において神話的思想に由来する表現や話法を研究対象とし、その形態の考察を行い、文化的なコンテクストに対照する。慣用句や言い回しには、伝統文化、儀式や信仰に根付いた祭りに由来するものもある。また、自然の現象に神霊が宿ると考えたり、太陽・月・風など自然現象を生き物に見立てたりするのはアニミズムの特徴であったが、こういった発想は現代のロシア語にも残っている。例えば、「楽しいことがあれば、つらいこともある」と意味するne vsyo kotu Maslenitsa, biwaet i Velikii post「猫はいつまでも謝肉祭を楽しむわけにはいかない、大斉期もあるから」という慣用句には、スラブ民族の多神教に由来する美味おいしいものを食べて楽しむ祭りであるマスレニツァ(謝肉祭) が、キリスト教の大斉期に対照されている。さらに、ロシアのおとぎ話をはじめ、ロシア古代文学、古典文学および現代の詩や歌には、人間は太陽や月などの自然現象と会話し、それらの現象は人間とまったく同じような行為をする話しもある。これらの話しには、太陽や月が人間の主人公に直接に会話をする例もある。さらに、風は「神様以外に恐れるものがない」(ne boishsya nikogo, krome boga samogo)、「花はお情けで気落ちした」(tveti unili ot zhalosti) のような文学からの用例のように自然に「恐れる」(boyatsya)、「情ける」(zhalet)、「気落ちする」(univat) のような人間の感情を表す言葉が自然の現象に使用されて、自然は人間と同じように行動して気持ちを表し意志を持つものとして理解されている場合が珍しくない。こういった古代思想・神話思想にさかのぼる言語文化的世界観は、キリスト教による多信仰に対する圧迫、それに続いてソ連時代の反宗教の政策にもかかわらずフォークロアおよび言語に存残する。本稿ではその経緯をダイクロイック的に考察し、ロシア語における自然の擬人化を歴史文化的なコンテクストに乗せてロシア語文化学的な世界観の一部として取り扱う。言語文化学的なアプローチによって、学習者はロシア語における自然の擬人化を文化世界観の一部として理解し、自然現象に使用される語彙・話法は学習しやすくなると考える...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Shigehiro Kokutani, author
ドイツ語の未来時制は、初級水準において導入する際には、注意の必要な文法アイテムである。初学者に若干の混乱を引き起こすおそれがあるからである。本論文では、未来時制の基本特性を概観した後、その4 つの意味機能、即ち①「推量」、②「確定した未来」、③「意気込み」、④「要求」を、いつ、どのような順番で、どのようなやり方で導入してゆくのが適切であるか、その学習プランを紹介する。「未来形は推量形」、「未来のことは現在形で」、というドイツ語の基本姿勢を徹底しながら①「推量」を導入し、日常会話で重要な③「意気込み」へと向かう。この③「意気込み」は、教師や研究者の間でも誤解の多い用法であり、教える側にも注意が必要である。この辺りまでが初級で行いたいプロセスである。書き言葉、特に報道媒体での散発的な使用が認められる②「確定した未来」は、中級以降の実用的なドイツ語使用において、次第に存在感を増してゆく。実例に触れながら、①「推量」優勢の図式を壊さないように留意しつつ、「未来形は推量形」という基本姿勢を「未来形は基本的には推量形」へとアップデートしてゆく。④「要求」は小説や映画の台詞を理解するために知っておいた方がよい用法であるが、日常生活の中で外国語学習者が対応したり、また自ら話したりする機会は稀である。...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Nguyen, Thi Ngoc Tho, author
本稿で報告する授業「ベトナム文学概論」の対象は3、4年生で、二学期に分けて行われた。この授業は学生の語彙を増やし読解力を高めつつ表現力を豊かにすることを目指す。同時に学生のベトナム文化への理解を深めることにも繋げる。一学期にはベトナム文学を俯瞰し、なかでも近代文学の各時期やそれぞれの代表的な作家及び作品を重点的に紹介した。その後、いくつかの伝説、諺、「歌謡」と言われる口承文学に触れ、ベトナム文化への理解を促した。また、ベトナム文学を語る上で不可欠な詩を数編紹介した。二学期に主に短編小説に焦点を当て、ベトナム文学界に於いて特に著名であるバオ・ニンとグエン・コン・ホアンの作品を教材として学習した。前者はベトナム戦争を題材にした世界的に有名な「戦争の悲しみ」という作品の作者で、後者は1945年以前の社会を風刺する数多くの名作を生み出した作者である。二学期末に収集した学生へのアンケート結果を分析した結果、全体的には目標に掲げた学生の「ベトナム文学・文化への理解」、「語彙力強化」、「読解力向上」はある程度達成したと考えられる。ただし、学生のベトナム語能力や学習意欲によって達成度に差異が存在することは否定出来ない。文学作品の原作を読むことにより学生の表現力もある程度豊かになったと思われるが、留学未経験者やベトナム語能力がいまだ発展途上にある学生は予習なしで授業参加すると上位学習者や留学経験者の学習速度に追従できず、場合によっては授業の進行に影響を与える可能性があることを来年度以降からは学生に認識させるべきである。また、授業速度や難易度の設定、中でも教材となる作品の選択においては、学生のベトナム語力の差を念頭に置き、慎重に熟慮すべきである...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Paludan-Muller, Martin Gregers, author
著者は2012年から2013年にかけてはプラハで、また2013年から2014年にかけてはサンクトペテルブルクでデンマーク語教師をしていました。どちらの場所でも、優秀な学生は学業を収めた後、自分たちが学んだ言語を使う仕事 - 企業での仕事、観光関連の仕事、翻訳、文化関連の機関や大使館での仕事 - を得るので、ほとんどの学生が非常に意欲的でした。1年間デンマーク語を学習した後すでに、彼らはデンマーク語で細かいニュアンスを含む会話をすることができます。これには、チェコ人のそしてロシア人のデンマーク語教師たちも授業において学生とデンマーク語を話すことが多いことが関連しています。専門的なレベルに関する日本との重要な違いは、大学内のスポーツクラブが、学生の生活と時間を本学のように独占することは、ヨーロッパの大学では決して許されないだろう、ということです。ある学生から、彼女が週に20 時間を自分のクラブに費やし、勉学には数時間を費やしていることを聞いたときには、主専攻 - また大学で学ぶことの意味 - とは何なのか、と問わずにはいられませんでした。クラブの中には、後輩と先輩の間に厳しい上下関係が存在しているものもあり、先輩の学生たちが後輩を学業から遠ざけるよう強制しています。誰一人として、学生に学業を軽んじることをやめさせる者はいません -学生はただただ教員たちに「尊敬」を示しさえすれば良いのです。日本では、デンマーク語を主専攻として学業を修め、卒業資格を得た学生に対して、東ヨーロッパと同様の要求はなされていません。本学のデンマーク語専攻では、言語は地域研究のためのツールであるという方が相応しいでしょう。しかし1988 年から今日にかけての1 つの変化に関しては嬉しく思っています、それは本物のグローバル化と呼べるものです。「以前」は、3 年次の20 人の学生のうち2 人の学生がデンマークへ1 年間の留学に行く、というのが通常でした。近年では留学に行く学生の数は半数以上となっています。多くの学生が、デンマーク語を学び始めた頃から、デンマークで1 年間を過ごそうと計画しています、この事実だけでもデンマーク語を学ぶ上でのとても大きなヤル気に繋がっています。1990年には「国際化」は中身の無い流行語である場合がほとんどでしたが、現在ではそれが現実となっています。さらには、日本人の(スカンジナヴィアも含む)ヨーロッパに対する関心は、1988年以降非常に大きいものとなっています、1988年当時はアメリカが全てでした。さらに、履歴書での海外滞在に関する言及は、現在では多くの雇用者にとってプラス材料に映っているのではないだろうかという印象を著者は持っています - 以前は国際力を持っているということは、危なくて異質な考え方を持っているのかもしれないと見なされる場合がありました、というのはそのような考え方は上司に対する表面上の尊敬を脅かしかねないからです。デンマークから帰国した学生たちは、デンマーク語を学ぶ環境において、非常に良い効果をもたらします。彼らは「デンマーク語を使って」友人を得ていて、デンマークにおけるデンマーク語専攻のネットワーク(つながり)やサマーコースそしてフォルケホイスコーレ(国民高等学校)との良好な関係に貢献しています...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Yoneyuki Sugita, author
本稿では熟語を取り上げ、英語学習で重要な暗唱例文リストを作成する。適切な例文の必須事項は3 つある。(1)受講生が理解すべき熟語が入っている。(2)文章が簡潔で、暗唱しやすい。(3)例文の中に復習して欲しい文法事項や覚えて欲しい単語を入れておく...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2018
400 FRO 1 (2018)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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I Wayan Pastika, author
詩 "Ibu Indonesia" (「インドネシアの母」)の一部が、イスラム教への憎しみを伝えているとする意見がある。その文言は、(1) "... sari konde ... lebih cantik dari cadar ..." (「...簪は...イスラムのスカーフより美しい... ; (2) "... suara kidung Ibu Indonesia ... lebih merdu dari alunan azan mu." (「 ...インドネシアの母が歌うキドゥンは...あなたのアザーンの調べより心地よい」である。問題とされているのは、イスラム教の要素がそうでない要素より下に置かれているという点である。本論文は、オースティンの言語行為理論およびグライスの協調の原理 (Sadock 2004: 58-59, Grundy 2000: 70-100) を援用した法言語学的アプローチに基づき、上述の詩にこめられたメッセージを解釈することを目的とする。テクストの分析には文脈も考慮に入れ、マスメディアの言説、インドネシアの政治状況と参与者を詳細に考察する。結論として、詩にはイスラム教を貶めるメッセージはなく、むしろイスラム教徒にとってのイスラムの価値を損なうことなくインドネシア文化の尊重を伝えることが意図されていると考えることができる。...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2019
400 FRO 2 (2019)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Behnam Jahedzadeh, author
ペルシア語における自立語の品詞には、名詞、形容詞、副詞、動詞、代名詞、前置詞、後置詞、指示詞、接続詞等がある。品詞を変える語形成には、接辞による場合、前置詞による場合、そして語形が変化しない場合がある。形態的な特徴を持つ語が少なく、形態論の観点からペルシア語の品詞分類を行うことは難しい。また、形態的な特徴を持たない語は、文外でどの品詞に属するか識別が困難である。これらの語は文中で使われて初めて品詞が決まることになる。ペルシア語では語形変化しない語は形態的な特徴に欠けており、文中における意味的な側面からの区別が重要となる。形式的に名詞でありながら形容詞や副詞の性質を備えていて、複数の品詞としての機能を兼備している語がある。また、名詞に接尾辞が付加して派生する語に形容詞と副詞の機能が同時に備わっていることもあり、形式的制約や意味的な不規則性が多く存在する。さらに、動詞のなかでも名詞的な特徴を有する動詞の不定形、脱範疇化して機能語化している軽動詞のkardan (to do)、sodan (tobecome)、nemudan (to do)、gastan (to turn, to become)、gardidan (to become)が意味的にある程度イディオム化しているため、統語的には一般動詞と同様には扱えない。感情動詞の品詞分類の上でのミスマッチも多く存在する。本稿では、ペルシア語の品詞分類にまつわる上記の問題を取り上げ、ペルシア語における品詞分類のミスマッチを明らかにしたい ...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2019
400 FRO 2 (2019)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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Lee, Wei, author
本研究は、文脈構築の角度から中国人学習者への日本語の受身文指導法をさらに深く議論するための基本材料を提供すること目的とする。具体的に、中国で刊行されている日本語教科書の調査と自然会話コーパスでの受身使用実態の調査を行った。まずは、教科書調査の結果として以下の3点が挙げられる。(1)今回の分析対象である教科書は、すべての文型と用法を、初級後半あたりで1 回の授業で体系的に導入する傾向が強い。どの教科書においても文脈情報が不十分のまま、単文末に出現した受身を例文として提示される傾向がある。(2)解釈方法に関して、能動文との対応性の角度から受身文の解説を行う傾向が見受けられたが、受身文の使用と視点とのかかわりに関する説明は教科書に記載されていない。(3)例文のデザインに関して、書き言葉の例は圧倒的多数であるといえる。さらに、提示例文の割合に関して、単文末に出した受身は圧倒的に多く見られた次は、現日研・職場コーパスを利用して行った受身使用実態の結果となる。(1)受身の出現位置から整理すると、使用率の多い順に、連用修飾節、複文末、単文末、連体修飾節、引用節、疑問節となっているが、全体の傾向として、前田(2011)、李(2018)の調査結果とほぼ一致している。(2)単文レベルを超える受身の使用は圧倒的に多いことが明らかになった。それは、許(2004)、李(2015)などの先行研究で指摘している受身の場面依存性あるいは文脈依存性の現れかもしれない。(3)今回の自然会話データの整理から、受身が「ちゃう」「って」と共起しやすいことが明らかになった。その調査結果の分析に基づいて、文脈構築の方法を視野に入れながら、中国人への受身文指導法に関して、次の提言を試みた。(1)教科書における例文例示には偏りがあると言っても過言ではない。コミュニケーションをとることを学習目標の一つとする場合、使用実態に即した例文提示が必要となるかもしれない。(2)解決の仕方に関して、日本語教育の角度から受身の使用動機(日本語話者)に関する知識と研究報告、学習者の母語(本論文の場合は中国語)との比較対照研究の成果を積極的に現場に取り入れるべきではないかと考えている。(3)文脈構築の方法を議論していくためには、受身と共起しやすい表現に関する情報、受身と類似する表現とのつながりを中級以降学習者に示すべきではないかと考えられる...
Osaka: Graduate School of Language and Culture, Osaka University, 2019
400 FRO 2 (2019)
Artikel Jurnal  Universitas Indonesia Library
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